街を歩いていると、日本では頻繁に旗が立てられているのを目にすることができます。旗は日本人の日常生活に深く根差しているといっても過言ではありません。
まず店舗や商業施設などの前には、日本では必ずと言っていいほどのぼりが立てかけられています。これはここに店舗がありますよという目印でもあり、道しるべにもなってくれるものでもあるんです。
さらにのぼりは、店の宣伝や販促活動に大きく貢献するものです。店の看板を掲げるのと同時に、のぼりを新調し店の経営を行うことも珍しくありません。開店や営業中であることを知らせる信号的役割も果たし、日本で商売するうえで欠かすことのできない会アイテムでもあります。
その歴史は非常に古く、歌舞伎や大相撲でものぼり旗がいまだに使われます。そのことからも非常に歴史が古いことがうかがい知れます。神社の鳥居のところにはかならず大きなのぼり旗が掲げられており、非常になじみ深く安心感をもたらすものでもあるのです。
こうしたのぼりは大きさが様々あります。大きなものであると東端の大のぼりが特に有名です。では次にこののぼりがどれほどおおきなものか、具体的に紹介していきましょう。
日本一の馬鹿のぼりとは
東端の大のぼりは、日本一の馬鹿のぼりと揶揄され、陰口をたたかれるほどの大きさです。
その寸法は旗自体が27.3メートルもある巨大なものです。全長にすると31.85メートルにも
および日本一の馬鹿のぼりと揶揄されても致し方ないといえます。
東端の大のぼりの歴史は、非常に古く江戸時代にまでさかのぼるとあれています。それが現代にまで守られ、受け継がれてきたと思うと、そうそう馬鹿にはできない代物です。
こののぼりは祭礼の二日間の三掲げられるものであり、風が強いと掲揚されることはありません。なぜならのぼり自体が折れてしまい、近隣に迷惑がかかる可能性もあるからです。天候にも左右されるのぼりであり、見ることができればかなり幸運であるといえます。
なぜ東端の大のぼりがこの地で掲げられるようになったかというと、豊作を願い近隣住民が心を一つにする必要がその昔あったということです。大きなのぼりを掲げることで心を一致団結させ、農作業に精を出したともいわれています。
そして何よりも大きなのぼりは、神様の目にも止まりやすく、そこをめがけて降臨してくださると多くの人々が信じて疑いませんでした。そうした経緯で東端の大のぼりが生まれたのです。